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六波羅蜜寺 京都六波羅の地に踊り念仏で知られる空也上人が建てた寺院 京都市東山区

2023/11/28 07:40:25 | 六波羅蜜寺 | コメント:0件

六波羅蜜寺
2023.10.25

京都の六波羅は、当時の五条大路(現在の松原通)から七条大路までの鴨川東岸の一帯の地域を表す名称です。

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六波羅蜜寺は、東山区轆轤町(ろくろちょう)にあります。
この「轆轤町」は、平安時代には東の墓所だった鳥辺野に至る道筋で、死後の世界へ繋がると信じられていました。
なので、昔から多くの亡骸が集められていたこの地は「髑髏町(どくろちょう)」と呼ばれていたそうです。

江戸時代になって役人が、不吉な町名を嫌い、町名を陶工が使う轆轤(ろくろ)か改名し、町のイメージを変えたというのが町名の由来なんだそうです。

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六波羅蜜寺は、真言宗智山派の寺院(真言宗智積院の末寺)で、創建年は定かではないですが、平安時代の歴史書「扶桑略記(ふそうりゃくき)」によれば、踊り念仏で知られる市聖(いちのひじり)空也(くうや)が平安時代中期の天暦5年(951年)に造立した十一面観音を本尊とする道場(当初は西光寺)が始まりだそうです。

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六波羅蜜寺と改称したのは、空也の死後、貞元2年(977年)に比叡山延暦寺の僧・中信が中興して天台宗に属する天台別院とした頃です。

現在は、江戸時代までの大伽藍に比べて、明治維新の廃仏毀釈を受けて大幅に寺域が縮小し、寺の周囲は民家に囲まれて境内は狭くなっています。

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この六波羅蜜寺で有名なのは、何と言っても、学校の教科書で見たことのある「空也上人立像」でしょう。
鎌倉時代(重要文化財)、運慶の四男康勝の作で、念仏を唱える口から六体の阿弥陀が現れたという伝承のままの写実彫刻です。

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この「空也上人立像」は、本堂の右側をぐるっと回り込んだところにある宝物館で見ることが出来ます。
宝物館は有料で入館料は、大人600円、中学・高校・大学生500円、小学生は400円です。

展示スペースは1階と2階に分かれていて、重要文化財の仏様・肖像彫刻が展示されて拝見することができます。
空也上人により作られたという「四天王立像」、「平清盛坐像」、「地蔵菩薩立像」、また運慶や湛慶など慶派による作品も収められています。
で、ありました、ありました、空也上人立像は2階に収められていました。
念仏を唱える口から六体の阿弥陀が現れたという伝承のままの写実彫刻です。

しかし撮影は禁止、ですが、この空也上人立像を見れただけでもこの六波羅蜜寺に来た甲斐がありました。

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六波羅のこの一帯は、平安時代の後期には、平清盛の大邸宅があり、さらに清盛邸を中心に平氏一族の邸宅や家臣の住居が建ち並び、5,200棟余りもあったそうで、六波羅第と言われていました。

寿永2年(1183年)に、平家が源氏との争いに敗れて都落ちした際に、六波羅第は平氏自らの手で火が放たれ炎上、本堂のみ焼失を免れましたが、他の諸堂は類焼してしまいます。
しかし後に源頼朝や足利義詮により再興されました。

そして鎌倉時代の1221年、承久の乱後、ここ平氏六波羅第の跡に、朝廷の監視や京都周辺の警備する機関が置かれたのが、六波羅探題です。
六波羅探題もよく聞きますね。

この六波羅探題も、1333年、元弘の乱が起こると後醍醐天皇の命で足利尊氏に攻め滅ぼされました。
寺の境内を入ってすぐの右脇に「此附近 平氏六波羅第 六波羅探題府」という石碑が立っています。

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また、建仁寺の勅使門は六波羅探題府の北門を移築したものです。東福寺の六波羅門は六波羅探題府の南方の門を移築したものです。

因みに空也上人は、疫病が蔓延する京都で、観音像を手押し車に乗せ、念仏を唱えながら町を歩き、病人がいれば茶をふるまい、多くの人々を救ったと言われています。
その茶は皇服茶(おうぶくちゃ)、踊躍は六斎念仏として今に伝えられています。

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踊りながら念仏を唱える伝統芸能「踊り念仏」でも知られています。



六波羅蜜寺
京都市東山区轆轤町(ろくろちょう)81-1
075-561-6980
営業時間 8:00~17:00
境内参拝 無休・無料
宝物館 8:30~16:30
宝物館入館料
大人 600円
中学・高校・大学生 500円
小学生 400円




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