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来迎寺 山門は敦賀城の中門を移築したもの

2020/07/16 08:14:36 | 来迎寺 | コメント:0件

来迎寺
2020.07.03

敦賀市にある来迎寺は1387年に開創された時宗の寺院。
敦賀においては、1395年に開創された「永建寺」と共に最も大きな寺の一つです。

来迎寺の山門は、敦賀城の中門を移築したもので、敦賀城の建築物の遺構としては唯一のものだそうなので、ちょっと散歩がてら見に行ってきました。

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気比神宮から西へ、笙の川の松原橋を渡るとすぐ左手の住宅地の中です。
幹線道路から左折するところに案内板があるので、見落とさないように。
松原橋は橋の欄干が赤いので、通称「あかばし」と呼ばれています。
こちらからの方が案内板もあって行きやすいんですが、お寺の裏側になります。

敷地は広く、昔から大きなお寺だったんだと分かります。
本堂横を抜け山門のある正面に向かいます。
一旦表に出ると、こちら側はホントに狭い昔からの道で、全くの住宅地。
この道を行くと、何処に出るのかも見当がつきません。
住宅があるんですから、何処からか入ってこれるはず…。

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お寺に戻ります。
山門です。

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敦賀城の中門を移築したと伝わる山門は、切妻、桟瓦葺、一間一戸、四脚門。
う~ん、よく残ってたものですね~。

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山門をくぐると正面に本堂。
こちらの本堂内部には、大谷吉継が関ヶ原の戦の前に来迎寺に預けたという「腰高障子」があります。
元々は、敦賀城にあったもので、
176cm×112.6cmが4枚
176cm×90.4cmが8枚
趣向、意匠ともに優れたもので、当時の桃山文化が感じられる工芸品。
平成6年(1994)に福井県指定文化財に指定されています。
また、寺宝である壁画著色観音像図は、昭和29年(1954)に敦賀市指定文化財に指定されています。

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岡見山来迎寺の創建は嘉慶元年(1387)、国阿上人が気比神宮に参拝に訪れた際、三日三晩修行を行うと霊夢で御告げが下り、それに従い草庵を設けたのが始まりと伝えられています。
本尊は阿弥陀如来。

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この瓦も敦賀城のもの?お寺のもの?

寛政末期の「敦賀町絵図」によると、お寺の西隣を来迎寺野といい、敦賀郡の中の葬墓処、仕置場でもあり、刑や斬罪が執行される場でありました。

その為か、来迎寺は幕末に尊皇攘夷を掲げた天狗党(水戸藩士)353人が元治2年(1865)2月にここで斬首処刑されたそうです。

西側に、大きな塚の上に、耕雲斎らの墓碑(国指定史跡)が建立されています。
また、明治7年(1874年)には、刑死者353名に加え、戦死・戦病死者も合わせた411名の天狗党員を祀った松原神社が、市道を挟んで、西側に建立されています。

《 武田耕雲斎等墓と松原神社 》



岡見山 来迎寺
福井県敦賀市松島町 2-5-32
0770:-22-0654




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