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加賀國二ノ宮「菅生石部(すごういそべ)神社」

2018/12/24 15:00:25 | 菅生石部(すごういそべ)神社 | コメント:0件

菅生石部(すごういそべ)神社
2018.12.16

大聖寺にある加賀國二ノ宮「菅生石部(すごういそべ)神社」で、千四百年の歴史を有する古社です。

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大聖寺は加賀市の中心部で、かつては大聖寺というお寺の門前町として、江戸時代には、加賀百万石の支藩・大聖寺藩(初代藩主 前田利治)の城下町として栄えてきた歴史ある町です。

いつも素通りで、ゆっくりとここ大聖寺に来たことがなかったので、近くの「別所温泉」に行くついでにちょっと寄って見ました。

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大聖寺の中心部から少し北側になりますね。
山を背に大きな鳥居が見えます。

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鳥居から石段を登ると「神門」。
この神門は、総欅造りの銅葺き二層の楼門で、設計者は建仁寺流の名工山上善右衛門嘉広の子孫、七代目善右衛門吉順、建築は、藩主をはじめ有力町人らの寄進により、大聖寺、加賀両藩の大工棟梁を動因して造立されたと言うことです。

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神門の左右には、京都の北野天満宮領として天神信仰が盛んだったこともあり、神門の左右には「天神様?」が祀られており、そこにかかっていた「絵馬」は「下駄?」の形をしていました。
珍しいですね。

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そして正面に拝殿、拝殿の後方に本殿。

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本殿前の右手には「馬」左手には「牛」。

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この「牛」さんも北野天満宮領だったため、菅原道真所縁のものなんでしょう。

この菅生石部神社の御祭神は日子穂穂出見命(ヒコホホデミノミコト)、豊玉毘賣命(トヨタマヒメノミコト)、鵜葺草葺不合命(ウガヤフキアエズノミコト)の御三神。

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むかし疫病が流行しそれを鎮めるために用明天皇元年(585年)に宮中で祀っていた神々(現菅生石部神)をこの地にお遷しになり、疫病を鎮め五穀の豊穣を祈願したことにはじまります。
住古より正親町夫皇の頃まで、一年二度の居入祭には勅使が参向し、御衣神宝を奉まつるなど朝廷の崇敬篤かったのだとか。
「義経記」によれば、「菅生の宮を伏し拝み」とあり、義経が参拝したと記されています。
また、木曾義伸、富樫昌家、足利義持、豊臣秀吉、山口玄蕃などの武将が深く尊崇。
前田家においては、夏祭天神講を藩祭とし、三日間の中の日を仕事休めの日として、藩内に住む人々全てを参拝させ崇敬の誠を捧げました。

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夏の大祭「天神講」は、創祀以来 1400年余り続き、7月24日からの3日間、それぞれ茅の輪神事(24日)、疫神塚神事(25日)、湯ノ花神事(26日)の三行事が神社の拝殿にて執り行われ、厄災を払い五穀の豊穣を祈願した古の行事を再現します。
3日間続く特殊な神事は全国でも大変珍しい。

また、毎年2月10日に行われる「御願神事 (ごがんしんじ)」は、俗に竹割祭りとも言われ、青年、壮年数十人が白衣、白短袴姿で炎々と燃える御神火を潜り、2メートル余の青竹を境内境外問わず激しく地面に打ち叩く姿は壮絶をきわめます。



菅生石部(すごういそべ)神社
石川県加賀市大聖寺敷地ル乙81
0461-72-0412




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