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人道の港 敦賀ムゼウム

2016/09/07 10:36:36 | 人道の港 ムゼウム | コメント:0件

人道の港 敦賀ムゼウム
2016.08.30

緑の芝生が広がる金ヶ崎緑地公園、その向こうは海、かつての敦賀港です。
今の敦賀港は船舶の大型化で、水深が浅いことなどもあって移転し、もう少し北に敦賀新港として機能しています。
その一角にレトロな洋館があります。
「人道の港 敦賀ムゼウム」です。

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この洋風な建物は、1940年杉原千畝が6000人のユダヤ人難民に発給した「命のビザ」で、敦賀港に上陸したことに因んだ写真や資料などが展示されています。

2008年3月29日に開館、杉原千畝の話は知っていましたが、今回中に入るのは初めてです。

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ユダヤ人難民のコーナーでは、杉原千畝の生の声や難民が残していった時計、目撃した市民の貴重な証言、特に今回新たに見つかった“命のビザ(複製)”も展示しています。

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そして地元なのに恥ずかしながら知らなかったんですが、1920年にシベリアで救出されたポーランド孤児が敦賀に上陸したことを初めて知りました。
「命のピザ」の20年前のことです。
ポーランド孤児の救済に努めた救済会のアンナ・ビルケウイッチ女史が、日本政府に孤児たちの窮状を訴え、それを受け日本政府は、孤児たちの窮状に、深い理解と同情を示し受け入れを決定する。
そして1920年(大正9年)ロシアのウラジオストクからポーランド孤児たちを乗せた日本陸軍の輸送船「筑前丸」が敦賀港に入港。
敦賀に入国して、孤児たちの姿を見た多くの日本人は、同情を寄せ、子供たちに愛情のこもった暖かい救済をはじめていく。

第1次の孤児たち、東京から370名がアメリカを経由して、ポーランドへ、第2次の孤児たち390名は、神戸からシンガポール、マルセイユ、ロンドンなどを寄港してポーランドへ送られました。
無事に祖国ポーランドに帰った孤児たちの多くは、バルト海の港湾都市グダンスク郊外の孤児院に収容されて、それぞれの人生を歩みはじめました。
孤児たちは終生、日本への感謝の気持ちを持ち続け、様々な形でそれを表しているそうです。

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※「ムゼウム」はポーランド語で「資料館」を意味します。

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敦賀ムゼウム
敦賀市金ヶ崎町金ヶ崎緑地44-1
0770-37-1036
開館(利用)時間 9:00~17:00
休館日 12月29日~1月3日
料金 100円(高校生以下は無料)



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