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針江生水の郷(かばた)



針江生水の郷(かばた)
2018.07.16

琵琶湖の西岸で最大の安曇川下流の扇状地にある新旭町針江(はりえ)地区は、地域の綺麗な湧き水を、地域住民は生水(しょうず)と呼び、集落の中を巡る水路やその水を生活用水に利用してきました。
このようなシステムを「かばた(川端)」と呼んでいます。

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現在は110戸あまりの集落の中の細い道を行くと、ほぼ中心地?辺りに針江公民館があり、その隣に針江生水の郷委員会というのがありました。
行ったのが夕方でもう閉まっていましたが…。

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公民館の反対の隣には水の郷らしく大きな水車が回ってました。
また前には川が流れていて、川縁近くには何ヵ所か水が湧いています。
手を浸けてみましたが冷たいこと冷たいこと、長い間浸けていられない冷たさでした。

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何でもこれらはほんの一部で、地区のおおかたの家では10~20m前後打ち込んだ鉄管より、四季を通じて水が湧き出ているそうです。
なので、本当の「かばた」を知るには個人のお宅の中を見学しなければならないことになります。
しかし個人の住居内にあるため、無断で入ることは出来ません。
かと言って、公道からは様子が伺えないため、見学をするためには前日までに予約が必要な有料のガイドツアーに参加する必要があります。

先程の公民館のお隣にあったところですね。

2008年には「平成の名水百選」にも選定され、最近では、水の文化、美しい景色、地域の人との触れあいなどを求めて今では日本中、海外よりたくさんの人が見学に見えるようになってきたそうですよ。

田舎の方では、たまに家の台所に湧水の出る家がありますが、その地域にも出るところと出ないところがあるようで、ここ針江地区みたいに全戸に使われているところは珍しいかもしれませんね。
綺麗な地下水ですし、夏は冷たく冬は暖かい、そして水道代がかからない?のがいいですね。




針江生水の郷委員会
滋賀県高島市新旭町針江
0740-25-6566
※針江地域の見学(かばたの見学)には必ず事前申込みが必要です。
針江生水の郷委員会までご連絡ください。



テーマ : 歴史・文化にふれる旅
ジャンル : 旅行

「日吉神社」 高島市大溝の散歩(3)



日吉神社 勝野
2018.07.16

高島市勝野にある日吉神社は、大溝城の西の山麓にあります。
日吉神社と聞いて、まず「日吉神社?日吉大社は大津の坂本にあるけどなぁ」と思い、まぁでも行って見るか」と、早速向かいました。

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山際の集落の細い道を抜けて進むと大きな神社がありました。
途中にも立派な寺院がいくつかありましたよ。

神社の前にちょっとした広場がありここが駐車場でしょうか。

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鳥居をくぐってすぐ左手に手水舎が。

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そこから山に向かって参道があるんですが、手前に盛砂があります。

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その向こうに長い石段。
それでも石段の上の方に何やら建物が見えるので、あそこまでならと頑張って上ってみます。

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上がってみると、また手水舎が。
も一度、清めます。

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そしてまた階段。

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結構な広さで拝殿や本殿の建物も歴史を感じる立派なものでした。
しかも周りの建物はもちろん、境内もきれいにされており地元の方々が大事にされているのが分かります。
これだけきれいにしてあると気持ちがいいものですね。

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この日吉神社は日吉神社は勝野の氏神で、嘉祥2年(849年)創建の長宝寺の鎮守社として坂本の日吉大社より山王権現を勘請したことに始まると伝えられています。
長宝寺廃絶後は、土豪高島氏の崇敬を受けて存続しましたが、高島氏が明智光秀らの軍により滅ぼされると荒廃。
織田信澄(信長の甥)の大溝城築城や、江戸時代に入り、大溝藩主分部氏の保護を受け、整備されました。

湖西随一の曳山祭(大溝祭)も残っており、毎年5月4日に本祭が行われています。
神輿1基と曳山車(宝組、龍組、湊組、勇組、巴組)の5基が町内を巡行します。

ちょっと調べてみたら、高島市内に「日吉神社」と言われるものは、なんと「12」社もありました。
順番に見て廻るのもいいかもですね。



日吉神社
滋賀県高島市勝野2166
0740-36-0833



テーマ : 神社・仏閣巡り
ジャンル : 旅行

「大溝城下町の町並み」 高島市大溝の散歩(2)



城下町大溝の町並み
2018.07.16

旧高島町は大合併によって琵琶湖北西部一帯の広い高島市に生まれ変わりましたが、この地は古くから大溝と呼ばれる城下町でした。

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JR高島駅の北部に「総門」と言われる古い門があり、お隣が案内処になっていました。
横に広い駐車場があるんですが、この案内処さんが借りているのはその内の2台分で、他のスペースは個人の方が借りているので注意が必要です。
今日はその内の1台分が空いていたので車を止め少し歩いてみるとことにしました。

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と、その前に案内処のお姉さんに聞いた「総門」についてですが、何でも城下町の町割りで、この「総門」から大溝城のあった南側が武家屋敷町で北側が町人町だったとのこと。
なるほど両町との往来は必ずこの「総門」を通らなければならなかったのでしょうか。
まっ、武士は自由に往き来出来たでしょうがね。

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町人町の方へ行くと、長刀町、江戸屋町、伊勢町、船入町、紺屋町、職人町、蝋燭町など当時の町名を刻んだ石柱もありました。

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メインストリートである街道沿いの本町には「萩乃露」福井弥平商店の酒蔵屋敷を中心に古い商家が残されています。
その中で空き家となったいくつかの町家や商家は町の有志による交流館「高島アイルランド交流館・びれっじ」として整備保存されています。
「びれっじ」は、1号館から8号館まであり、キャンドル工房、染色工房などや、カフェ、ベーカリー、お食事処などです。
それぞれの近くに駐車場が用事してありましたので車でも大丈夫なようですよ。

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元の駐車場に戻るのに今度は裏手の道へ。
こちらには、城下町高島を代表するもう一つの風景、町割りの水路があります。
また大きな屋敷や寺院も多いですね。
そして路地を抜け元の総門に戻って来ました。

大溝城と城下町は、天正6年(1578)、織田信長の甥にあたる織田信澄が長浜や安土と同様に内湖を天然の水堀として利用し建設しました。
大溝城の北西側には侍町及び町家を配置し、乙女ヶ池東側の打下地区には、平時は舟運や漁ろうに携わり、戦時には水軍に転換する集団を配置しました。
現在も旧街道に沿って宅地が細長く連なる集落構造がは、受け継がれています。



大溝まち並み案内処 総門
滋賀県高島市勝野1688, 1688
0740-36-2011



テーマ : 歴史・文化にふれる旅
ジャンル : 旅行

「乙女ヶ池」 高島市大溝の散歩(1)



乙女ヶ池
2018.07.16

滋賀県高島市勝野の大溝地区に「乙女ヶ池」という池があります。

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この水域、古代はびわ湖の入江として山麓まで水面が広がっていたと考えられていて、びわ湖の舟運に適した天然の良津だったそうです。

「万葉集」の歌の中では「香取の海」として登場していますし、近くに続く勝野、三尾(水尾)崎、真長浦(まながうら)、香取浦(かとりがうら)も歌枕として詠まれています。

この辺りを走る国道161号線バイパスは、高架になっていて走っていても見えないので知らない人が多いかも知れません。
走っていると、目立つ建物として琵琶湖の反対側に高島病院が見え、その南側辺りにあります。

そして行くのもちょっとややこしい。
乙女ヶ池の琵琶湖側は池の際まで民家が建ち並んでいて、反対側の山側は田園地帯。
その田園側に駐車場が整備されていており、そこへ行くには農道のような細い道を行きました。

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しかし見るべきは池の中央に架かる太鼓橋です。

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幾つもの太鼓橋が連なっていて、周りの残された景観にマッチしています。
朝の連続ドラマ小説「ごちそうさん」のロケ地としても使われ、主人公の二人が結婚を誓い合うシーンがまさにこの橋の上で撮影されたそうで、最近縁結びスポットしてもひそかに話題になっています。

「万葉集」の歌の中では「香取の海」と。
近世に入ると、軍事上この地を重視した織田信長は、甥の信澄に大溝城を築かせて城主とした。
ここは、びわ湖に通じる大溝城の外濠として利用されました。
その大溝藩の地誌「鴻溝録(こうこうろく)」によれば、乙女ヶ池の名称は「洞海(どうかい)」であったとされます。
また、昭和30年代頃まで、人々は琵琶湖を「ウミ」と呼ぶ一方で、内湖のことは「ウラウミ」あるいは「セドウミ」と呼んでいました。
「セド」も「裏側」を意味する言葉で、表の琵琶湖に対して内湖は裏口という意識がもたれていたようです。

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乙女ヶ池と呼ばれるようになったのは、昭和初期、淡水真珠の養殖場として利用された頃から
だということです。

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現在は内湖となり、ビワマス・コイ・フナ・マスなど淡水魚の宝庫として、釣り人に人気の静かな公園になっています。

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乙女ヶ池
滋賀県高島市勝野打下



テーマ : ぶらり旅
ジャンル : 旅行

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