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臥龍廊が素晴らしい「永観堂」

禅林寺 (永観堂)
2019.04.09

哲学の道の終点は、この禅林寺(ぜんりんじ)の塀に突き当たります。
突き当たりから左に行けば「熊野若王子神社」です。

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塀沿いに右に下り、鹿ヶ谷通りに出て回り込めば禅林寺の入り口です。
この鹿ヶ谷通りの先は「南禅寺」に続きます。

禅林寺(ぜんりんじ)は、浄土宗西山禅林寺派総本山の寺院。
一般には通称の永観堂(えいかんどう)の名で知られています。

永観堂の名は、平安時代に永観が浄土念仏を唱えて専修念仏道場としたことによります。
創建はもっと古く貞観5年(863年)、弘法大師の弟子である真紹(しんじょう)が創建しました。
当初は真言密教の道場でした。

総門から入り、中門まで右手に広い庭園を見ながら進み、中門をくぐると白い玉砂利の広い空間に出ます。

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正面に大玄関がある。

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阿弥陀堂(本堂)、釈迦堂(方丈)御影堂、鐘楼など多くの建物が地形の高低差を生かして建っていて。それらの間は渡り廊下でつながれています。
一つ一つの建物が大きく、また広いので「順路」の表示を見ながらでないと迷子になりそうです。
それぐらい広い。
大玄関から入ると抜け雀の欄干と狩野元信や原在明(はらざいめい)の襖絵がある。

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釈迦堂(方丈)は、入母屋造、桟瓦葺きの本格的な書院造り。
平面は禅宗寺院の方丈と同形式の六間取り。
寺伝では永正年間(1504 - 1521)、後柏原天皇によって建てられたという。
釈迦三尊が祀られています。

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御影堂 は、1912年(大正元年)に完成した総ケヤキ造の仏堂。
宗祖法然を祀る堂で、寺内最大の建物です。

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阿弥陀堂(本堂)は、 入母屋造、本瓦葺き。
慶長2年(1597年)に大坂の四天王寺に建立された曼荼羅堂を慶長12年(1607年)に移築。
本尊の「みかえり阿弥陀」像(重文)を安置する。

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鐘楼は、宝永4年(1707年)の建立。
瑞紫殿には、火除けの阿弥陀如来を安置している。
応仁の乱のときに他の佛像は焼けてしまったが、この像だけは奇跡的に残ったため、「火除けの阿弥陀」として尊ばれた。 

そして、山の斜面に沿って諸堂をつなぐ階段になった長い廊下、「臥龍廊」が素晴らしい。

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臥龍廊とは屋根の反りが龍の背中に似ていることから名付けられた

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寺伝では永正年間(1504 - 1521)の建立とされるが、現在の建物の部材は昭和時代のもの、だそうですが、なかなか他では見れませんね。


本尊の「みかえり阿弥陀」の伝承
本堂で永観律師が一心不乱に念仏行道中に、本尊である阿弥陀仏が動き出し、壇を下りて一緒に行道を始めた。驚いた永観律師は立ち止まり唖然とそれを見ていた。それを見とがめた阿弥陀様は後ろを振り返り「永観、遅し!」と叱ったのだという。
その「見返り阿弥陀」像は高さ約80cm、作られたのは鎌倉初期頃のようである。
京都六阿弥陀仏のひとつに数えられる名作。
優美な曲線と後ろ左肩越しに振り向く姿をとっており、特長的なポーズから「みかえり阿弥陀」の愛称で親しまれている。

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多宝塔は、釈迦堂裏手の位置に建つ。
1928年(昭和3年)。
大玄関から外へ出て、急な石段を上った山腹に立つ多宝堂。
永観堂の堂宇(どうう)と京都の街並みを一望できます。

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この桜の時期もいいですが、創建当寺から紅葉の名所として知られているようで、古くより「秋はもみじの永観堂」といわれているそうです。

紅葉の頃にまた来たいものですね。



禅林寺 (永観堂)
京都市左京区永観堂町48
075-761-0007
拝観時間 9:00~17:00(受付終了16:00)
拝観料 600円
(秋の寺宝展期間中は1,000円)



テーマ : 神社・仏閣巡り
ジャンル : 旅行

哲学の道 京都疎水沿いに銀閣寺橋から若王子橋まで

哲学の道
2019.04.09

京都 東山の銀閣寺橋から若王子橋まで、疏水べりに約2キロ続く散策道「哲学の道」です。

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京都疎水は明治時代の京都の一大事業として琵琶湖の水を京都まで引いた人工の水路。
大津から長いトンネルを経て蹴上(けあげ)に到達、蹴上から分水して北上する疎水が南禅寺水路閣を経て哲学の道に流れています。

この疎水の西側に散歩用の石畳が敷かれていて、日本の道百選にも選ばれている人気の散策スポットになっているのです。

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「哲学の道」とは、京都大学の教授で哲学者として知られる西田幾太郎が思索にふけり、また学生たちと議論を交わしながら歩いたことからこの名がつきました。

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4月のこの時期、疎水沿いにある桜が満開だ、ということで、ちょっと歩いてみました。
哲学の道を往復すると「ちょっと」では済まないんですがね。

銀閣寺の総門から参道を下り、疎水にかかる橋が哲学の道のスタート地点です。

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今回はスタートして、すぐに一つ東側の道を行って「法然院」に行き、疎水べりの道に戻りました。

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やはり流石に日本の道百選に選ばれている散歩道です。
人の数もですが、疎水を覆わんばかりの桜、さくら、サクラです。
道沿いには土産店やお洒落なカフェが数多く点在していますし、歩き疲れたら休憩も出来ます。

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まだスタートしたばかりなので、先に進みます。

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途中、狛犬ならぬ狛ネズミのいる「大豊神社」に立ち寄りました。
人気のパワースポットらしいですよ。

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そして、また疎水沿いをサクラを見ながら歩きます。
観光客の方は、みなさんサクラの風景写真撮ったり、自撮りしていたりしています。
しかしほとんどが外国の方ですね。
6,7割はそうじゃないかな?

と、思っているうちにいよいよ終点にやってきました。
若王子橋です。
京都三熊野のひとつに数えられる「熊野若王子神社」にお参りして、哲学の道の散策は終わりです。

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終わりと言っても、銀閣寺の近くに車を駐車してあるのて、また戻らなくちゃならないんですけどね。

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なので、コーヒーなんぞ飲んで休憩してから戻りました。

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帰りに見つけたお地蔵さん

残念なことに、見逃してしまったスポットが3ヵ所あるんです。
一つ目は、哲学者として西田幾多郎が詠んだ歌が石碑に刻まれて法然院のそばにあるそうなんですが見逃しました。
石碑には
「人は人 吾はわれ也 とにかくに 吾行く道を 吾は行くなり」
と書かれているそうです。

二つ目は、「幸せ地蔵尊」という赤い旗が目を引く弥勒院。

三つ目は、縁結びの「公衆電話」。
この公衆電話から電話すると願いが叶うと言われています。

次回行ったら忘れずに見てきます。



哲学の道
京都府京都市左京区浄土寺石橋町
(銀閣寺側)
京都府京都市左京区若王子町
(熊野若王子神社側)

テーマ : 歴史・文化にふれる旅
ジャンル : 旅行

京都三熊野のひとつ「熊野 若王子神社」

熊野 若王子神社
2019.04.09

銀閣寺から疎水沿いの「哲学の道」の終点、左に曲がったところにある「熊野 若王子神社」です。

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後白河法王が永暦元年(1160)に熊野権現を勧請したのが始まりで、熊野神社・新熊野(いまくまの)神社とともに京都三熊野のひとつに数えられる神社です。
足利尊氏、義政が、この地に花を愛で宴を開いたと伝えています。
夏は納涼地、秋は紅葉の名所としても有名です。

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緩やかな坂を上が、小さな石の橋を渡ると鳥居があります。

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鳥居をくぐるって右手が社殿です。
手水舎もあります。

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社殿は、かつて本宮、新宮、那智、若宮などがありましたが、現在は1社相殿になっています。

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夷川通りに鎮座せられていた室町時代作の恵比須を祀っているそうです。

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道中安全祈願や進学、縁結びの神様として人気で、サッカー日本代表のユニフォームでおなじみの八咫烏(やたがらす)が梛 (なぎ) の葉を加えているマークはこの神社のシンボルです。

熊野若王子神社のご神木のは梛の木。
樹齢400余年ともいわれ京都府で最も古いで、古来より参拝の折には心を清めてからお参りしたいとの思いから禊(みそぎ)の木として用いられたそうです。

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梛(ナギ)は暖かい地方に自生する高さ15mほどの木。



熊野若王子神社
京都市左京区若王子町2番地
075-771-7420



テーマ : 神社・仏閣巡り
ジャンル : 旅行

狛ネズミがある「大豊神社」

大豊神社
2019.04.09

大豊神社 (おおとよじんじゃ) は、狛犬ならぬ狛ネズミがあることで有名な小さな神社です。

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哲学の道の真ん中からあたりから更に南へ、哲学の道沿いの東側に案内板がありました。
疎水にかかる大豊橋を渡り、ゆるやかな坂を登って行くと大豊神社の鳥居が見えます。

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鳥居がくぐると左に手水舎、正面が本殿。

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この本殿には、左右阿吽の狛犬です。
本殿には少彦名命(すくなひこなのみこと)、菅原道真公(すがはらのみちざね)、応神天皇(おうじんてんのう)をお祀りしてあり、少彦名命は医薬の祖とされています。

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右側に行くと商売繁昌のお稲荷さん。
因みにお稲荷さんはきつねです。

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さらに右側には「大国社」があります。
「いなばの白うさぎ」の神話で知られる大国主命を祀ってあります。

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そしてありました、お目当ての「狛ネズミ」です。
向かって左のネズミは雌で、万物の根源である水玉を抱えています。
無病息災のご利益があるとされています。

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向かって右のネズミは雄で、学問を象徴する巻物を持っています。
学業成就のご利益があるとされています。

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大国社は何故狛ねずみなのか不思議ですね。
聞いたところによると、
「大国主命が火攻めに遭遇した際に、ねずみが現れて、洞窟に大国主命をかくまって助けた」
と、古事記に書かれているそうです。
なるほと、なるほど。

その他にも末社として、「火伏せの狛鳶(とび)の愛宕社」、「鬼門除けの狛猿の日吉社」があります。
縁結び、健康、学問成就などの御利益が一度に授かれる神社ですね。

大豊神社の創建は、平安時代初期(887年)に宇多天皇の病気平癒を願って藤原淑子が創建したと伝えられています。

因みに宇多天皇は、第59代天皇で、在位は仁和3年(887)~寛平9年(897)。
藤原淑子(ふじわらのしゅくし(よしこ))の父は藤原長良(ながら)で、宇多天皇の養母となり、宇多天皇の即位には藤原淑子の力が大きく関わったとされます。
天皇と将軍は格も位も全然違いますが、将軍版春日の局を思い浮かべますね。

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春先のしだれ紅梅と椿、秋の紅葉が有名だそうです。
この時は、すでに紅梅は終わり椿がチラホラときれいでした。



大豊神社
京都市左京区鹿ケ谷宮ノ前町1
075-771-1351



テーマ : 神社・仏閣巡り
ジャンル : 旅行

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